朝の心
選ぶ責任
- 2016.05.16
- 朝の心
以前、サレジオ会の創立者ドン・ボスコが子どもたちに勧めていたことの一つで、「良き友を選べ」というものがあることを紹介しました。私たちは付き合う人間によって知らず知らずのうちに影響を受けるものであるからです。しかし選んだはいいが、自分に利益がないと見るとその関係を一方的に切ってしまうのはどうでしょうか。今日は「選ぶ責任」について考えてみたいと思います。
星の王子さまの中でキツネがこんな言葉を言います。「めんどうをみた相手には、いつまでも責任があるんだ。人間っていうものは、この大切なことをわすれてるんだよ。」
私たちはそれぞれ違う環境の違う家族の中で育ってきて、この学校にいます。そしていろんな生徒たちがいる中で、ある特定の人とより親しい友達になっていきます。性格や相性などの要因はあるにしても、私たちは他の人ではなく、その特定な人を選ぶわけです。そして喜びも楽しみも、時には辛さや悲しさも一緒に体験していく。そうやって相手も自分も豊かな経験を積んでいくのです。ただ、その相手に対して、自分の思うことを何でもしていいのでしょうか。何でも言っていいのでしょうか。
「選ぶ」ということは、その相手が持つすべてを選ぶということです。気に入ったところも、気に入らないところもひっくるめて選ぶということです。そして相手が十分に生きることができるように責任を持つということです。
欲しいものは多少のお金があれば何でも買えて、要らなくなったらぽいっと捨ててしまうような、いわゆる消費社会に生きる私たちは、ともするとこのような「選んだものに対する責任」を忘れてしまってはいないでしょうか。
選んだからには、選んだものが十分に生きるように最善を尽くす、そんな責任のある姿勢を持ちたいものです。それが選んだ者と選ばれた者、双方が幸せになっていく道なのです。そうすれば、キツネから「人間って、そんな大切なこともわすれているんだ」と冷やかされることもないでしょう。