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MORNING TALK

朝の心

チマッティ神父と謙遜

2024.10.04
朝の心

 10月6日が近づいてきました。何の日でしたっけ?初代校長チマッティ神父の命日です。チマッティ神父はその謙遜さで知られています。イタリアでもヴァルサリチェというサレジオ会の名門校で長く校長をされ、日本でもサレジオ会のリーダーとしてまた福岡の教会から独立したばかりの大分宮崎の教会の責任者として大変偉い立場にあった方ですが、晩年東京調布の神学院で図書係として本の整理をしたり、地味な作業を喜んで行っていました。当時イタリアから来たばかりの若い神学生だったある神父さんは普通に皿洗いやトイレ掃除をするチマッティ神父に逆にショックを受けたそうです。極めつけは「傲慢な私のために祈ってください」とチマッティ神父はいつも周りの人にお願いしていました。

 チマッティ神父は本当に小さいときから才能に恵まれていて誰からも称賛される毎日をおくっていました。ボーイソプラノの素晴らしい歌声でAngelo(天使)と呼ばれてちやほやされ、学生時代も皆から好かれ勉強しながら教える立場も任せられたり、サレジオ会員としてはただ一人Maestro(先生)と呼ばれる存在だったそうです。子供の時からずっとアイドルのような存在だったのです。もし、周りの人みんなが自分を尊敬しちやほやしていたら、皆さんどう思いますか?私はフィリピンで日本人であり神父である、というだけでちやほやされた経験がありますが、このままずっといたら自分が偉いと勘違いしてしまうのではないかという危険を感じていました。チマッティ神父ももしかしたらずっと傲慢になりそうな自分の心と闘っていて、本気で周りの人にお祈りのお願いをしていたのかもしれないなと思います。

 自分を過度に卑下するのとも、自分の力を誇張して偉そうに振る舞うのとも違う、自分のありのままの価値を認めながら周りの人も受け入れていく、偉そうになりそうな自分の心と闘い、周りに助けを求め、小さなことでも人のために何かができる謙遜さをチマッティ神父から学びたいと思います。

参照:「チマッティ神父の英雄的な謙遜」チマッティ資料館ホームページ(https://www.v-cimatti.com/cimatti/toku/kenson.html) 

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